1年前、南エストニアの森の中でトゥーリキ・バートシクのアコーディオン・ソロ演奏を聴く機会があった。ひとつひとつの音符が森の精霊と戯れながら朗らかに宙を舞うその幸福な情景を、 今も鮮明に思い出すことができる。ふるさとの豊かな伝統文化、明澄な大気の中でのひのびと育まれたトゥーリキの表現は常に、強烈な夢想性と過激なまでの純朴さに貫かれている。 がその一方で、フィンランドやスウェーデンの音楽アカデミズムのど真ん中で長年研鑽を積んだその演奏は高度に洗練され、都会的な粋も感じさせる。
そして、トゥーリキのこの“純朴と洗練のハーモニー”をことのほか効果的に引き出してくれるのが、かとうかなことのデュオだ。幼少時からフランス留学時代まで数々のコンクールを 制覇してきたかとうは、音楽的引き出しの多さや、ヴィトゥオーゾと呼んでさしつかえない卓抜した演奏技術など、いろんな意味で日本を代表する万能のアコーディオン奏者である。
二人の昨年の初共演を機に生まれたデュオ・プロジェクト「ポルカドット・アコーディオン」は、北欧伝統音楽からフランスのミュゼットまで様々なスタイルを織り交ぜながら、 アコーディオン音楽の楽しさと更なる可能性を掘り起こしてゆく。両者の異なる個性や技術の相乗が、互いのソロ演奏では見えにくかった、あるいは自分たちも気づいてなかった新しい表現世界を 次から次へと照らしだしてゆく様は、なんともスリリングである。そこで用いられているのは、たった二つのアコーディオンにすぎない。 しかし、我々に聴こえるのは、森の木漏れ日から街角の雑踏までを夢想させるカラフルなシンフォニーなのである。
(音楽評論家・松山晋也)